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妙泰寺七福神は江戸時代天明年間(二百数十年前)より伝わっています。

〒919-0224 福井県南条郡南越前町西大道10の8

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七福神についてSERVICE&PRODUCTS

七福神の由来

 

 七福神の七福とは「人王護国般若波羅密教」(にんのうごこくはんにゃはらみつきょう)と言うお経の中にあります「七難即滅七福即生」と言う文言に由来していると言われています。現在の七福神の形ができあがったのは室町時代の末期とされており、7神の内3神が禅宗に関している事等から皆さんご存じの一休和尚が深く関わっていたと言う説があります。
 江戸時代の初めには、徳川家康の信任が厚かった天海僧正が七福神を広めて、江戸で七福神巡りなどの七福神信仰が庶民の間で盛んになりました。
   七難とは、法華経普門品によると1.火難 2.水難 3.羅刹難 4.刀杖難 5.鬼難 6.枷鎖難 7.怨賊難の七難ですが、七福については特に記載が無く通説によります。大正蔵16卷温室経に七病七福の記載がありますが、これは別物と考えます。
 七福神は大黒天・恵比寿天・弁財天・寿老人・福禄寿・毘沙門天・布袋和尚の七人で、恵比寿天が日本の神様・大黒天と弁財天・毘沙門天はインドから来た神様、そのほかの三人は中国の神様です。
 

  大黒天(五穀豊穣・財福の神)


 大黒天は元々インドのシヴァ神の化身の一つであると言われており佛教に取り入れてからはお寺を守護する神様となりますが,日本では特に「台所の神様」としてもたらされました。ところで,日本には昔から大国主命という神様が有り、この「大国」と「大黒」が「だいこく」と言う音が通じる事から二神は次第に一体視される様になります。やがて狩衣を着て烏帽子をかぶり、背中に大きな袋を担ぐ大国主命風の大黒天像が作られるようになります。さらに米俵の上に立って打ち出の小槌を手にするようになります。また,二つの米俵は「一人の食い扶持は二俵、二俵で満足する」と言う欲を張らない清廉な心を示しているようです。

  恵比寿天(労働・商売の神)


 恵比寿は戎・夷とも言われ七福神中で唯一日本の神様です。漁業と商売繁盛の神様として全国的に熱心に信仰されています。狩衣、指貫に風折烏帽子をかぶり、左脇に鯛を抱えて右手に吊り竿を持つ姿は誰にもなじみ深いものです。その釣り竿は「釣りして網せず」すなわち暴利を貪らない清い心を象徴していると言われており、そこが商売繁盛の神様として人気を集めているようです

 弁才天(知恵・財福の神)


 弁才天は元々インドの河川の神様・水の神様で、水の流れる音から音楽の神としても信仰され、佛教に取り入れられた後我が国に伝えられました。
 七福神中唯一紅一点、美形の女天であり、琵琶を抱えたあでやかな美女の姿で表されています。江戸時代に入ると福徳の神として信仰されるようになりますが、それは一つには吉祥天と混同されたこと、もう一つは弁才天の才が財に通じることからであったと想像されます。現在では弁才天と書くより弁財天と書く方が多いようです。

  寿老人(長寿・健康の神)


 南天の星座にある星「寿星」(西洋名カノープス)という人の寿命を司る星を人格化したものであると言われています。中国ではまれにしか見ることの出来ないこの星を世の中が平和なときに出現するめでたい星だと信じ、また皇帝の寿命を支配する星だとも考えていました。唐代になると寿星は黒い頭巾を被って杖をつく老人の姿で描かれるようになりました。

  福禄寿(幸運・長寿の神)


 中国宋代以降のなると先の「寿星」が前記とは全く違った姿で描かれるようになります。
 それは頭が異様に長く豊かな白髭をたくわえた背の低い老人の姿です。これが七福神の中の福禄寿です。従って寿老人と福禄寿は同一人物に他なりません。日本では二様に描かれた同一人物を別人としてそれぞれ七福神に加えてのでした。
 福禄寿とは道教で理想とされる「福」「禄」「寿」の三つの徳を具備するところから、大変な人徳を持った神様であると言われています。

  毘沙門天((佛法守護の神)


 にこやかな七福神の中で唯一甲冑に身を包んでいかめしい姿をしているのが毘沙門天です。勇壮な戦いの神で勇気や決断力などを司るとされ、元々はインドの財宝・福徳を司る神様だったと云われています。佛教に取り入れられてからは佛法を守護する四天王の一人として北方防備の任を担う多聞天と云われ、四天王中最強の力を誇るとされています。、

  布袋和尚(福徳の神)


 七福神中、唯一実在の人物であり中国唐代末期に岳林寺におられた禅僧で布袋和尚として伝えられています。巨大な太鼓腹でいつも半裸という風体、杖と大きな袋を携え、袋の中に身の回りのものを入れて放浪生活を送っていました。
 この奇妙な乞食和尚がどうして七福神に加えられたのでしょうか。それは布袋和尚が人智を超えた能力を持ち、多くの人を助けたと伝えられており、佛法者としてあがめる人が多くいたことと、和尚のふくよかな笑顔が大黒天と結びついたことに加えて、悠々自適「泣いて暮らすも一生、笑って暮らすも一生同じ暮らすなら笑って暮らせ」といった楽天的な和尚の生き方が当時の禅僧をはじめとして多くの人々に「至福」の象徴として受け入れられたのではないでしょうか。「笑う門には福来たる」というわけです。

露払い


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七福神の登場に先立って露払い役のおふく・やっこ・天狗・獅子が登場する
なお、天狗は猿田彦とも呼ぶことがある

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妙泰寺七福神

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妙泰寺内